筋トレ×ナンパ論

筋トレ関連情報とモテるための極意を紹介する総合メディア

カイグリーン(Kai Greene)とは?トレーニング内容、身長、生い立ちまとめ

あまりに巨大な筋肉、後頭部がずっしりと伸びた結わえられた長い髪。

ひと目見ただけで、圧倒的なインパクトを与える男がいます。

http://enterthepit.com/wp-content/uploads/2014/04/Kai-Greene-234x300.jpg

そうです。カイグリーン(Kai Greene)です。

 

よもや、人間の域を超えそうなカイグリーンですが、今回はそんなカイグリーンについて、気になるトレーニング内容や、身長、生い立ちをまとめました。

 

それではいきましょう。

 

カイグリーンの基本情報

まずは、カイグリーンの基本的な情報を以下のとおりご紹介します。

身長 172.5cm
体重 120.2kg-124.7kg
出身国 アメリカ合衆国
生年 1975年
あだ名 プレデター

気になる身長は、172.5cmでした。

 

どうでしょう。全然大きくないですよね。むしろアメリカじゃ背が低い部類。

にも関わらずこの体重。カイグリーンが身につけた筋肉量がいかに常軌を逸しているかわかるかと思います。 

 

加えて、あだ名を知ったときは思わず笑ってしまいました。

プレデターって。

ただなんとなく納得感があるのが、カイグリーンのすごいところです。

 

参考画像:プレデター

https://www.1999.co.jp/itbig21/10211340.jpg

 

カイグリーンの生い立ち

続いて、カイグリーンがこれまで歩んできた人生を、紹介していきます。

プレデターはいかにして、誕生したのでしょうか。

 

過酷な幼少期

カイグリーンは1975年に、アメリカはニューヨーク州のブルックリンにて生まれました。

 

幸せ家庭ですくすくと健康的に育った…わけではなく、カイグリーンは6歳のとき、孤児となります。

その後10年間を、実の両親とは違う、孤児を受け入れる家庭にて過ごしたのです。

 

おそらくその環境で虐待があったとか、ひどい扱いを受けたとか、そういう話では全くないのですが、カイグリーンはその環境が自分の場所ではないと感じていたといいます。

幼いながら、強い疎外感を感じていたのです。

 

結果として、カイグリーンは学校で、分かりやすい言葉をあえて使うと、グレます。

 

学校からも、カイグリーンを受け入れてくれた家族からも、見放されてしまうギリギリまでやんちゃしていたそうです。

 

ですが、そんな過酷な環境下でも、カイグリーンを支えていたものがあります。

 

それがそう、トレーニングです。

 

カイグリーンがジムに通い始めたのは1988年、彼が13歳のときです。

 

日々溜まるやり場のない衝動を、彼はジムでトレーニングにぶつけました。

 

ボディビルディングの世界へ

ジムに通いトレーニングに明け暮れたカイグリーンは、同年代の青年たちを圧倒するスピードでバルクアップしていきました。これはもうある種の才能でしょう。

 

そんなカイグリーンの様子を見ていた担任の教師が、カイグリーンに運命の言葉を投げかけます。

 

「ボディビルダーを目指せ」

 

と。そして、学生ボディビルコンテンストへ参加を勧めたのです。

 

その教師は、カイグリーンの幼いころからの不幸な境遇を知っていたんだとか。

ともすれば道を踏み外しそうだったカイグリーンに、ボディビルという世界を通して、正しい道を示したのです。

 

グッとくるお話ですね。

実際、これがきっかけでカイグリーンの人生は180℃変わったといっても過言ではないでしょう。

 

ティーン世代の頂点へ

それからというものの、カイグリーンは多くの学生ボディビルコンテストへ出場しました。

 

カイグリーンは当時から同年代の選手と比べ、驚くほど大きく、筋肉が発達していたため、全てのコンテストで圧勝したといいます。

 

カイグリーンは19歳になるまでコンテストへの出場を続け、まさにティーン世代の頂点に立っていました。

 

カイグリーンはボディメイクを、人生をかけて取り組んでいくことと決意したのです。

 

「怪物」揃いの世界への挑戦、プロカード取得

当然の流れですが、20代になったカイグリーンは、一般の成人男性が出場するボディビルコンテストに挑戦していきます。

 

学生コンテストとは、レベルがとんでもなく違います。

 

プロのボディビルダーは、それが職業ですから。

勝てなければ生活ができない。背負っているものが全く違うのです。

 

カイグリーンも若くしてずば抜けたバルクがあったものの、入賞こそすれやはり最初はなかなか優勝することはできませんでした。

 

しかし、カイグリーンはそこで終わるような男ではありません。

 

想像を絶するトレーニングの結果、1999年に「NPC Team Universe Championship」という大会で、ついに優勝をします。

 

そしてその時に得たのは優勝トロフィーだけではありませんでした。

そう、IFBBのプロカード(IFBBと呼ばれる、国際ボディビル連盟から付与されるもの。プロのボディビルダーとしての証。個別にスポンサーがついたりする。)を取得したのです。

 

一旦長めのオフシーズンへ

カイグリーンの、プロとしての最初のコンテストは1999年のことでした。

カイグリーンはそのコンテストで、プロとして初出場ながら、見事4位入賞します。

 

しかし、カイグリーンはこの結果に全く満足はしていませんでした。

 

更なる高みを目指すべく、ここからカイグリーンは4年間もの間、コンテスト出場を見送ります。

最高なパフォーマンスを発揮するために、4年間、厳しいトレーニングを行い続けるのでした。 

 

ステージへ復帰するも…

2005年、ニューヨークで開催されたコンテストにて、ついにカイグリーンが出場します。

 

しかし、結果は厳しいものでした。なんと14位に終わってしまうのです。

 

その後4年間、続けざまに4回のコンテストに出場するも、そこでの結果も芳しくはなく目立った実績としては一度3位入賞しただけ、でした。

 

ですが、カイグリーンは諦めませんでした。

 

彼の決意は固かったのです。

必ず優勝するという熱い思いを胸に、ひたすらにトレーニングに励みました。

 

2007年、カイグリーンの努力がついに報われます。

32歳にして初めて、プロのボディビルコンテストで優勝を果たすのです。

 

そして「プレデター」へ

その後カイグリーンが、初優勝の勢いそのままに、目覚ましい活躍を見せます。

 

9つのコンテストへ出場し、うち6回も優勝を手にするのです。

 

さらに2009年には、念願であったアーノルドクラシック(アーノルド・シュワルツネッガーが開催を始めた、世界で最も有名で権威あるボディビル大会の一つ)でついに優勝します。

カイグリーン自身もアーノルドでの優勝は、最も意義深く、大きなものであったと振り返っています。

なんだか幼少期や、思うようにプロの試合で結果を残せなかったことを考えると、こちらまで嬉しくなりますね。

 

この快挙と同時に、カイグリーンはもう一つの目標を立てます。

それがそう、ミスターオリンピア(国際ボディビル連盟によって毎年開催される大会。アーノルドクラシックと並び、プロボディビルの最高峰とされる。出場者は怪物揃い)での優勝です。

 

アーノルドクラシックで優勝を果たした同年、カイグリーンはそのミスターオリンピアに初出場します。カイグリーンが34歳の時でした。

 

フィルヒースやジェイカトラーといった、名だたるビルダーが参加する中健闘するも、惜しくも4位という結果に終わりました。

 

その後5年間、ミスターオリンピアでの優勝を目指して、カイグリーンは挑戦を続けました。

5回の出場する中で、確実に成果を上げ、2位入賞を3回果たすも、残念ながら優勝には手が届きませんでした。(ちなみにカイグリーンの前に立ちはだかり続けたのが、フィルヒースという選手。この人もハンパない。)

▼あわせて読みたい▼

muscle-pua.hatenablog.jp

 

惜しまれながらではありますが、カイグリーンは2015年を最後に、優勝することなくミスターオリンピアへの出場をしなくなりました。

 

オリンピアへ出場はしなくなったものの、2015年−2017年の間に、アーノルドクラシックを含むいくつかの大会へ参加し、7回優勝しました。

 

フィットネスブームの高まりとともに、カイグリーンのパフォーマンスや独特の髪型は象徴的な存在となります。

 

「プレデター」

 

と、世界中のファンから呼ばれるようになったのです。

 

アーティストとしてのカイグリーン

青年期に代表されるように、カイグリーンにとってボディメイクとはある意味で困難を乗り越えるための手段でした。

 

ですが2001年に、カイグリーンはボディメイクの別の可能性を見出します。

 

それが、アートです。

 

カイグリーンは大きなキャンバスに絵を描き、多くの作品を生み出すようになりました。

 

同年にはなんと、個展まで開催してしまいます。

 

これには多くのボディビルダーが驚きました。

ですが、カイグリーンはアートの領域に進出することは当然とも言わんばかりでした。

 

なぜなら、ボディビルディングが、「芸術」であると考えていたからです。

 

アーティストとして、時には自分の肉体で美を表現したり、時には実際に芸術作品をその手で作り出してしまうカイグリーン。かっこいいですよね。

http://www.ironmagazine.com/wp-content/uploads/2016/09/Kai-Greene-bodybuilder-420x416.jpg

(たしかにアーティスティック)

 

カイグリーンのトレーニング

最後に、気になるカイグリーンのトレーニング内容について、ご紹介しましょう。

 

胸の日

種目 セット数 レップ数
アームプルオーバー  3 12~20 
ディクラインベンチプレス  3 12~20 
ベンチプレス   3 12~20 
インクラインダンベルプレス  3 12~20 

 

腕の日

二頭筋メニュー
種目 セット数 レップ数
コネクションカール  4 10~12 
ダンベルカール 4 10~12 
プリッチャ−カール 10~12 
リバースカール 10~12 
スタンディングアームカール 10~12 

 

三頭筋メニュー
種目 セット数 レップ数
ダンベルキックバック  3 12~20
オーバーヘッドトライセップエクステンション 3 12~20
スタンディングトライセップエクステンション 3 12~20 
ケーブルプレスダウン 3 12~20 

 

脚の日

種目  セット数  レップ数 
レッグエクステンション  15~20
スクワット  15~20
スタンディングカーフレイズ 3 15~20
レッグプレス 3 15~20
ハックスクワット 15~20 

 

背中の日

種目  セット数 

レップ数 

バーベルプルアップ  3 12~15 
ラットプルダウン 3 12~15 
ダンベルロウ  3 12~15
シーテッドケーブルロウ  3 12~15
Tバーロウ 3 12~15

 

肩の日

 種目 セット数  レップ数 
アーノルドプレス 12~15
ビハインドネックプレス 3 12~15 
ダンベルシュラッグ 3 12~15
ミリタリープレス 12~15
ラテラルレイズ 3 12~15
アップライトロー 3 12~15

 

恐ろしいボリューム…。

これらを5日連続ぶっ続けて、ようやく1日休むのですから驚きですね。

 

美しく強靭な肉体を作り上げるためには、ここまでの努力が必要ということがわかります。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

プレデターと称され、いまやフィットネス界のスターとなったカイグリーンですが、その人生は決して平坦なものではありませんでした。

 

どんな苦境に立たされても、諦めないことの大切さ。

 

当たり前のことですが、そんな大切なことを、カイグリーンから学ぶことができました。

▼更なる筋肥大へ。良質なマルチビタミンを▼